最高裁判所第二小法廷 平成8年(行ツ)164号 判決 1998年11月06日
東京都千代田区丸の内二丁目二番三号
上告人
三菱電機株式会社
右代表者代表取締役
北岡隆
右訴訟代理人弁理士
竹中岑生
大槻聡
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被上告人
特許庁長官 伊佐山建志
右当事者間の東京高等裁判所平成四年(行ケ)第七七号審決取消請求事件について、同裁判所が平成八年三月二八日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人上田守の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博 裁判官 北川弘治)
(平成八年(行ツ)第一六四号 上告人 三菱電機株式会社)
上告代理人上田守の上告理由
第一点 原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背がある。
一 原判決は、「上記周知技術(乙第一、第二号証に開示された周知技術)は、ビットラインの選択に先行して、すなわち、読出しに先行して、直前にそのビットラインをプリチャージするものであり、また、読出しに先行してビットラインを第3の電位にプリチャージすることは引用例に記載されており、その場合、プリチャージすべきビットラインは、読出しに先行し、かつ、読出しの直前に、その都度プリチャージすべきであることは、プリチャージを行う意義からして当然に推測され得る事項である。したがって、引用例記載の発明に周知技術を適用すれば、本願発明の構成にならないということはできない。」(原判決四一頁一六行ないし四二頁六行)と判断し、この判断に基づいて、「したがって、本願発明と引用例記載の発明との相違点について、引用例記載の発明に前記周知技術を適用して本願発明の構成とすることは、当業者が格別工夫することなく推考できる程度のことであるとした審決の認定判断に誤りはない。」(原判決四二頁七行ないし一一行)と判断しているが、この判断は誤りである。
二 原判決は、また、「読出しに先行して行われるビットラインを第1の電位と第2の電位とのほぼ中間である第3の電位でプリチャージするという引用例記載の発明の技術的思想を、同様に読出しに先行して行われる上記周知の定電圧源とビットラインとの接続手段に適用して、本願発明のように構成することは、当業者が格別工夫を必要とすることなく推考できた程度のことというべきであり、審決のこの点についての判断を誤りであるとすることはできない。」(原判決四〇頁一六行ないし四一頁四行)と判断しているが、この判断も、また、誤りである。
三 原判決は、引用例の発明について、「引用例には、後に選択される場合に備えてデータラインを中間のレベルにプリチャージしておくと、実際に選択された場合にはデータの読出し時間が短縮できることが示されているということができる。」(原判決四〇頁三行ないし六行)、「また、引用例には、後に選択される場合に備えてデータラインを中間レベルにプリチャージしておくと、実際に選択された場合にはデータの読出し時間が短縮できることが示されている。」(原判決四〇頁一一行ないし一五行)と認定している。引用例に記載されている発明は、原判決の右認定のとおり、「プリチャージされたデータラインが後に選択される場合」のみ、データの読出し時間が短縮されるものであり、「プリチャージされていないデータラインが後に選択される場合」には、データの読出し時間が短縮されないものである。
四 引用例記載の発明では、データライン選択用の信号に応じて、回路ブロックCB0と非選択のメモリデータ読出ラインとを接続し、非選択のメモリデータ読出ラインをプリチャージするものであるから(原判決三九頁一三行ないし一八行参照)、今、非選択のメモリ読出しラインが、後に選択されて読出される場合にのみ(例えば、引用例第1図のメモリ素子111、211、の順に読み出すとき)、メモリの読出し時間の短縮が可能となるにすぎない。このことは、引用例における「(非選択の)データテイン11、12、13、14はこれらに連なるメモリ素子111、112、……114のオン、オフに拘らず前述のレベルにプリチャージされ、従って、これらのデータラインが後に選択されたときにはその立上り時間、上下り時間が最も効果的に短縮されることになる。」(甲第4号証四頁左下欄一二行ないし一七行)との記載から明らかである。しかしながら、プリチャージされた非選択のメモリ読出ラインが必らずしも「後に選択される」とは限らない。例えば、引用例の第1図のものにおいて、メモリ素子111、112、113の順に読み出す場合には、これらのメモリ素子が連なるメモリ読出しラインはプリチャージされないので、メモリの読出し時間の短縮という効果は全く奏さないことが明らかである。しかも、半導体メモリを用いたシステムを設計する場合には、一番遅い読出し時間に合わせて設計しなければシステムが正常に動作しないことは明らかであるから、仮りに半導体メモリ素子の一部に読出し時間の速いものがあっても、右のような読出し時間の短縮という効果を奏さないものがあれば、これに制約されることになる(原告第3回準備書面八頁二〇行ないし一〇頁一〇行参照)。したがって、引用例には、「読出しに先行してビットラインを第1の電位と第2の電位とのほぼ中間である第3の電位でプリチャージする」ことが記載されているということはできない。
五 そうすると、「読出しに先行して行われるビットラインを第1の電位と第2の電位とのほぼ中間である第3の電位でプリチャージするという引用例記載の発明の技術的思想を、同様に読出しに先行して行われる上記周知の定電圧源とビットラインとの接続手段に適用して、本願発明のように構成することは、当業者が格別工夫を必要とすることなく推考できた程度のことというべきであり、審決のこの点についての判断を誤りであるとすることはできない。」(原判決四〇頁一六行ないし四一頁四行)とする原判決の判断、並びに右一、項で指摘した原判決の判断は、いずれも誤りであり、原判決には、特許法二九条二項の解釈適用を誤った違法がある。そして、この違法が判決の結論に影響を及ぼすものであることは明らかである。
第二点 原判決には、理由不備又は理由齟齬の違法があり、民事訴訟法三九五条一項六号に該当する。
一 原判決は、「本願発明の「トランスファーゲート」と引用例記載の発明の「スイッチトランジスタ」は、両者とも定電圧源とビットラインとの間に配置され、それらの間の接続を制御する点において、同じ構成及び機能を有しているということができる。このことからすれば、本願発明と引用例記載の発明とが、「上記定電圧源と上記ビットラインとを接続するトランスファーゲートを備えた」点で一致するとした審決の判断に誤りはない。」(原判決三三頁一〇行ないし一八行)とし、この判断を前提にして、「審決に原告主張の相違点の看過は存しない。」(原判決三三頁一九行ないし三四頁八行参照)としている。
二 本願発明について原判決は、「本願発明の特許請求の範囲の記載中の「上記定電圧源と上記ビットラインとを接続するトランスファーゲートを備えたことを特徴とするメモリ読出し装置」は、この装置の構成に関する記載であり、しかも、発明の構成を規定する特許請求の範囲の記載であるから、ここに記載された「上記ビットライン」は、発明の構成を記載したものであり、したがって、選択、非選択に関わりのない一般的な意味でのビットラインの意味であって、「上記アドレス信号のうちY方向アドレスをデコードした出力によって選択されるビットライン」のことであると解するのが相当である。(原判決三一頁五行ないし一五行)と判断している。したがって、原判決は、本願発明の特許請求の範囲の記載中「上記定電圧源と上記ビットラインとを接続するトランスファーゲートを備えたことを特徴とするメモリ読出し装置」とは、「上記定電圧源と上記アドレス信号のうちY方向アドレスをデコードした出かによって選択されるビットラインとを接続するトランスファーゲートを備えたことを特徴とするメモリ読出し装置」と解するのが相当であると判断していることになる。
三 一方、引用例記載の発明について、原判決は、「引用例のスイッチトランジスタQ11、Q12、Q13、Q14は、端子T1の制御レベルにより、定電圧源となる回路ブロックCB0と非選択のデータラインとを接続するものである。」(原判決三三頁二行ないし五行)と認定している。したがって、引用例記載の発明は、スイッチトランジスタQ11、Q12、Q13、Q14が、定電圧源となる回路ブロックCB0と、選択されたデータラインとを接続する構成を備えていないことが明らかである。
四 原判決の右二項及び三項記載の認定判断によれば、本願発明の特許請求の範囲の記載中の「上記定電圧源と上記ビットラインとを接続するトランスファーゲートを備えたことを特徴とするメモリ読出し装置の構成を引用例記載の発明は備えていないとしていることが明らかである。
五 ところが、原判決は、「本願発明の「トランスファーゲート」と引用例記載の発明の「スイッチトランジスタ」は、両者とも定電圧源とビットラインとの間に配置され、それらの間の接続を制御する点において、同じ構成及び機能を有しているということができる。」(原判決三三頁一〇行ないし一四行)とし、さらに、「このことからすれば、本願発明と引用例記載の発明とが、「上記定電圧源と上記ビットラインとを接続するトランスファーゲートを備えた」点で一致するとした審決の判断に誤りはない。」(原判決三三頁一五行ないし一八行)と判断している。原判決のこの判断は、右二項及び三項で述べた原判決の認定判断と矛盾するものであることが明らかである。そして、原判決は、この矛盾した判断を前提として、「審決に原告主張の相違点の看過は存しない。」(原判決三四頁七行ないし八行)としている。
六 右のとおり、原判決には、理由不備、理由齟齬の違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすものであることは明らかである。
以上いずれの論点よりしても、原判決は違法であり、破棄されるべきものである。
以上